2012年9月30日日曜日

尾鷲歳時記(88)

元気のもと
内山思考


風ほどの猫の親しさ芙蓉咲く  思考

この茗荷を刻んで
酢味噌和えに












以前にも書いたかと思うが、僕の家の前の路地を少し行けば舗装が途切れ、ミカンや梅など種々の木が植えられ、その向こうは山へ向かって田や畑が続く自然世界である。家も何軒かあって、そこにも僕は新聞を配達する。二、三日前ある家の奥さんに会うと 「茗荷いらない?」と言ってくれた。僕は大いに笑顔になり茗荷なら家族一同好物ですと応えると、ナイロン袋に20個ばかり入れてくれた。我が家では、洗った茗荷をそのまま焼いてアツアツに甘味噌をつけて食べる。こうすると、風味が丸ごと楽しめる上に大量に消費できる。少々の数ならすぐに無くなる。

「私とこは食べないから」と昨日、また一掴み貰った。嬉しい限りである。茗荷のもう一つの食べ方は、細かく刻んだものを酢味噌で和える簡単レシピでこれがまた食欲をそそる。今は新米の美味しい季節だから、炊き立てのご飯に乗せるとどんぶり一杯はいける。ほかにも、新生姜をスライスして甘酢に一晩漬けたヤツもどんぶり飯のおかずには最適だ。

そんな話をすると「健啖家ですね」と感心されたり驚かれたりする。「だからいつも元気なんだね」とも。食べるから元気なのか、元気だから食べられるのか本人にもわからない。ただ、身体はよく動かすからいつも腹を空かしている。

太い原木は窯焚き用
今日も炭焼きの親方と山へ木こりに行って来た。それ程の早起きはしない。しかし、現場までかなりの距離があるのでトラックで移動しながら二人で沢山話をする。国政、世界情勢、教育論からお色気話までジャンルは多岐に渡る。現場に到着すると、弁当、水筒、着替えなどの入った重いリュックサックを背負い、チェーンソーを持って急な山坂を登り始める。ここでかなりのスタミナを消耗する。

一休みした後が勝負だ。ガンガン伐って倒したウバメガシを寸法に揃え、そこで早い昼飯となる。二合飯をかっ喰らうと今度は三尺寝。二人とも寝っ転がって束の間の熟睡をとる。これが大切なのだ。親方は帰りの車中でも助手席で舟を漕ぎ続ける。食っちゃ寝、食っちゃ寝。肉体労働は僕にとって元気の源なのである。