2012年11月11日日曜日

尾鷲歳時記(94)

技の極みと魚のうま味
内山思考

 芋粥を吹き冷ましおり古語聞きたし 思考

平櫛田中のパンフなど



















津市の県立美術館に行ってきた。日本彫刻界の巨人、平櫛田中(でんちゅう)展が催されていたからである。実は僕は、氏の作品を「尋牛」しか知らず、それも尾鷲出身の化学者、長野博士に随分前に戴いた著書の写真で見ただけだ。文中で博士は「平櫛田中は、人間の精神を人間の姿形を借りて表現した」と述べている。

さて会場に入って圧倒された。全ての作品が魂を持ち息づいて(ああ月並みな感想)いるのだ。妻は田中が自らの長男を模した「幼児狗張子」が可愛くて、しばらく目が離せなかったとあとで言い、僕はこれが本当に木彫なのか…と前後左右どこから見ても一分の隙も無い立体感に只々唸るばかりだった。

代表作と名高い、名優六代目菊五郎をモデルにした「鏡獅子」の小型も「試作」とうたわれてはいるがそれはそれで見事だし、東京の国立劇場ホールにあるという「鏡獅子」の大像(高さ230㌢)を観る新たな目標が出来たのは嬉しいことだった。半世紀前、「鏡獅子」を二億円で買い上げようとした国に「お金はビタ一文いりません」と無償寄贈した田中の逸話は清々しい。

話題は変わって、知人のH君がどっさり柿を持って来てくれた。立冬を過ぎたとはいえ東紀州の気候はまだ晩秋、柿は今が盛りである。隣家の奥さんに「柿いりませんか?」と聞くと頂きますとの返事。持って行くとお礼に魚の干物をこれまたどっさりくれた。なんだか昔話に出て来る「わらしべ長者」になった気分で帰宅、早速夕食に沖鱚(オキギス)の干物と味醂干しを焼いて食べたが、その旨いこと美味いこと。
大鰺(あじ)の白焼き
炊き立ての御飯を二杯(丼で)お代わりして「魚は美味しいなあ、お母さん」熱いお茶を啜りながらしみじみ妻に言った。五分も歩けば尾鷲港なのに、日常あまり魚食をしないのは別に魚嫌いが理由ではない。近年の肉食偏重の食生活によって、魚がおかずとしての定位値を失ってしまったのである。もっと魚食べなきゃと思った次第。