2014年1月12日日曜日

俳枕 江戸から東京へ(158)

山手線・日暮里(その58)
根岸(上根岸82番地の家(42)「子規庵」)
文:山尾かづひろ 


弁天堂









都区次(とくじ):今日はどこへ案内してくれますか?
江戸璃(えどり):正岡子規に「蓮枯れて夕栄(ゆうばえ)うつる湖水哉」という不忍池を詠んだ句があるので、不忍池へ行くわよ。

泉水を琵琶湖に見立て枯蓮 畑中あや子

江戸璃:不忍池辺り一帯は縄文時代ごろ東京湾の入江だったそうよ。その後の海岸線の後退とともに取り残されて、紀元数世紀ごろ池になったと考えられているのね。江戸城の鬼門除けとして寛永寺が上野に建立されると、京都の鬼門(北東)を守る比叡山に対して、「東の比叡山」という意味で山号を「東叡山」としたのよ。開祖である天海僧正は東の比叡山にも、琵琶湖がなくてはならない、とばかりに不忍池を琵琶湖と見立て、竹生島(ちくぶしま)になぞらえて弁天島を築かせて弁天堂を造ったのよ。弁天島にはめがね塚、ふぐ供養碑、琵琶の碑など珍しいものが多いのだけれど、大矢白星師が更に珍しいものがあると、弁天島の北側に付随している聖天島に一行を案内してね、私もいいのかなと思ったのだけれど鉄の閂(かんぬき)を勝手に開けて中に皆で入っちゃったのよ。その聖天島の北側には役行者(えんのぎょうじゃ)像があってね、白星師は私だけに向かって、うしろ姿がどう見ても男性のシンボルに見えるというのよ。私も別の場所でこういうのを見て知っているわよ。でも一行に山の手の若奥様が多く参加している中で、白星師と「一物」の談義なんかできないわよネ。
都区次:ところで今日はどこへ行きますか?
江戸璃:山下の寄席の鈴本を見て、神田の「いせ源」の鮟鱇鍋で熱燗を飲みたくなっちゃった。
都区次:いいですね。行きましょう。

役行者の表・裏










山下の寄席の至芸や独楽廻し  長屋璃子(ながやるりこ)
広小路たそがれ色の寒九かな  山尾かづひろ