2014年5月4日日曜日

尾鷲歳時記(171)

新しい靴に 
内山思考 

初夏の候一太刀浴びる覚悟かな 思考 


左から右へ履き替え








青葉若葉の季節がやってきた。そして美しい風光と共に内山夫婦の一大事の日も近づいて来た。実は5月の中ごろ、僕の左腎を恵子に移植する予定なのである。手術が上手く行けば、彼女は今のように人工透析に頼らなくても普通に生活が出来る。そうなればまた、2人でヒロコさんやタカシさんが待つ沖縄へ戻れるだろう。早くその時期が来ればいいのにと願う反面、ドナー(提供者)側の僕としては臓器が一つ自分の生身から抜かれるという本能的な恐怖心も拭えない。

なにしろ若い頃献血に行き、順番を待っている内に貧血を起こしたくらいの強者である。全身麻酔だから寝てる間に終わりますよ、頑張って、と皆さん親切に(この言葉に切るの字が)励まして下さるが、本当にそうあって欲しいものだ。ということで尾鷲と、恵子が事前入院した名古屋の病院と姉のいる桑名、この三点を移動する日々がしばらく続いている。

ちなみに僕の入院は手術の三日前である。先日、名阪高速道を走りつつ、胸中の混沌を十七文字に表せぬかと思案し、とろりとろりと吐露した結果が次のものである。

快癒後の妻を麒麟に乗せたしや
降る夢や退院の日を河馬まみれ
星下ろし虎の前足(かいな)を撫でている
旅なかば象も昼寝の浮力かな
遠見せよ縞馬去って仕舞うまで
百戦の獅子久闊の狒々を恋う
長考の鰐を朋(とも)とし伊勢参り
水にまた青空戻る猫族よ
地平線舌なめらかに草食(そうしょく)す
樹も石も風を集めていつもの日


先日登った
新緑の天狗倉山
以上、無季ばかりの何だかサファリ吟行に出掛けたみたいな十句だが、作り終えてどこか安堵感を覚えたのも事実。こんな風な連作も好いもんだなと1人で頷いたりしている。今年のゴールデンウィークは僕と恵子には他人事みたいに過ぎて行くけれど、六十年も生きてればそんなこともあるさと今は割り切って(これも怖い言葉だ)いる。思い立って5月から新しい靴に替えることにした。いよいよ夏の到来だ。